20180521 [読書] 人類は進歩してきたのか

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佐伯啓思「人類は進歩してきたのか」

思想史・哲学史を,筆者の切り口から復習した感じ.
・近代化とは
・歴史の進歩とは
みたいな疑問に,人類がどういう考えを提案してきたか,という歴史.
この辺りの議論でたびたび出てくるフクヤマの「歴史の終わり」という概念は面白い.
これは,「近代化という歴史」の終わりを意味するのだが,その発想自体に西洋化=近代化というエゴが見え隠れする.
### 大きな物語(近代化)の終焉

現代はパノプティコン型制御
==個人が個人を律することが求められる
==個人を孤立させる.
==システムそのものが権威化する

色々,考え方が勉強になる本でした.

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以下,年代はおおよそ.感覚をつかむため.

・コンスタンティノープルの陥落 (1453年) ==>社会的混乱

・宗教改革 (ルター; 1510年)

・ホッブス,リヴァイアサン(1652年)
==> 市民国家へ (自己防衛が目的;)
==> ここで,主権者は市民でなくて良い.財産・生命を守ってくれるならば.
==> 市民と主権者が対立したらどうするの?

・ルソー 社会契約論(1761年)
==> はじめて,全ての市民! が主権者であるという概念に発展
==> 主権者の概念は,もともと「神の代理人」という概念から出てきた

・別の主教改革 カルヴァン派 (マックス・ウェーバー)
==> 合理主義・資本主義へ (合理的であることが美徳 ==> 結果的にお金を稼ぐのが良いことだ)
==> ピューリタン的には,合理性とは普遍性 (ここでも,正しい勤労はお金を稼ぐこと,とみなしうる)
==> 徳 から 道徳への移行 ・ 神の内面化 (合理性の結果,正しい生活・正しい考え方を良しとする)
==> キリストへの信奉を失った後も,この道徳だけが残る
==> 神の不在 ==> 個人主義へ (個人の中の宗教・個人で個人を律するモデル)
==> パノプティコン型制御

・ニーチェの議論(ニヒリズム)
==> もともと,善悪は高貴な者(神)にしか判断できないはずだった
==> しかし弱者がルサンチマン(コンプレックス)を持つ
==> その結果,群畜により現代の道徳観・価値観が作り出されてしまった
==> その根本原因は,「神」に対するルサンチマン

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何故国家を作ったのか?

その1: 資産・財産を守るため (ホッブスの議論)
その2: 承認をめぐる闘争

・ヘーゲル&コジェーヴによる弁証論的止揚
–人間は承認をめぐる闘争をしている –> 相互承認社会 (市民国家)を形成したのでは?

現在:
・本当に歴史は進歩してきたのか? (構造主義的疑問)
— 現在はテロリズムに対する闘争

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私は道徳的なのか? 道徳的であるとみなされたいのか?
・「道徳的であるとみなされたい」のは,道徳的な訳ではない.
・現代はパノプティコン型制御

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