福岡伸一: 生物と無生物の間
本の半ばあたりまでは,今世紀の遺伝学研究の進歩を述べている.様々な研究者の研究や研究者像をレビューしながら,世界最先端の研究者が如何にドロドロの世界に住んでいるかを記述していく.この辺りのドロドロ感は,ジェームス・D・ワトソンの”二重らせん”を読んでいると,さらに面白い.研究に近い分野だと,クライメートゲート事件の詳細を記した”地球温暖化スキャンダル”になる.
どちらの本も,非常に興味深い本です.僕にとっては遠い世界だが,この様な感覚が分かるくらい,善い研究をしなければと思うところは強い.同時に,これらの本は,研究者としての情報収集能力の必要性も諭す所である.
さて,後半は本題に入り,”生命とは何か”を解き明かしていく.前半が人間関係の記述であれば,後半部分は科学に入る,といったところか.
多分,後半部分の科学的な部分に対しては,著者の”動的平衡”が詳しい.
では,以下に本文で面白かったところ。
・因果関係と相関関係は異なる.
これは,教訓に近い.特にある系(システム)の結果を見る場合.システム,多くのポジティブ,ネガティブ・フィードバックにより構成されており,相関があるといっても,直接の因果関係にある訳ではない.例えば,人口増加と近年の温暖化は相関があるでしょう.しかし,その間には幾重ものフィードバック効果が重なっており,安易な因果関係への帰結は危険である.昨年参加したある学会では,統計情報から相関を見て,現象の関係式を導いく手法が主流であった.危なく見えたのは僕だけでしょうか.
・ノックアウト・マウスの実験
ノックアウト・マウスとは,遺伝情報の一部を故意に消失されたマウスである.どうしてこの様な事をするかといえば,端的に言えば感度実験.ある遺伝子の有り無しにより,病気の発現等が確認されれば,その遺伝情報が寄与していると考えられる.僕の研究分野では,シュミレーションで簡単に行える実験なのだけど,こういった実験もあるのかと.
・シュレディンガーの問い
シュレディンガー方程式でおなじみ,量子物理学の先駆者です.
「何故,生命は,原子に比較して,かくも大きいのか」
本書では,この問いを通じて,生命が大きくなる必要性を説いています.簡単に言うと,生命体を大きくすることで,一つ一つの原子の,量子力学的なランダムなふるまいを無視できるようにしよう,という事.この説明は納得しやすい.しかし,前出の”動的平衡”では,このランダム性こそが大事なのだ!という記述もあった気がする.
・シュレディンガーが言いたかったのは,物理法則は多数の原子の運動に関する”統計的”な記述にすぎないとう事である.水理学と水文学の関係に似てますね.
・生命とは,動的平衡にある流れである.
全てのシステムは,エントロピー最大化の法則に従い,均一化,いわばそのシステムの死に向かっている.あれ,生命活動は,そのエントロピー増大の法則に反しているんじゃないか?学部時代に物理化学を勉強すると,そう思う人も多いのでは.これは間違いで,地球上という一部を見ればそうかもしれないが,太陽系というシステムで見れば,残念ながらエントロピーは増大しているのである.
とはいえ,生命活動がエントロピー増大の法則に抗って見えるのは確か.エントロピー増大の法則が不可避であるならば,自らエントロピーを減少させる術を維持せねばならない.その為に,生命は絶えず自らを再構築し続けねばならないのである.